イラクの予想よりもイラン民衆の抵抗は強く、またイラク軍部と政権政党であるバアス党の意見の食い違いなどから戦線は膠着した。さらに、完全に孤立したように見えたイランであったが、アラブ全てを敵に回しているイスラエルが援助を始める。米国製の部品をイスラエルが代わりに調達するなどしてイランを支えた。加えて、イスラーム重視政策を採ったシリアとリビアがイランに味方した。
1981年6月7日、イスラエル空軍機はヨルダン・サウジアラビア領空を侵犯してイラク領に侵入し、イラクがフランスの技術で建造していた原子力発電所(未稼働)を空爆して破壊した(イラク原子炉爆撃事件)。イラクはこのため、イスラエル方面の防空を強化しなければならなくなった。
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1982年4月、シリア経由のパイプラインが止められ、イラクは石油の輸出ができなくなった頃から戦況は動き始める。5月24日にイランはホラムシャハル港を奪回、3万のイラク兵を捕虜とした。6月には領土ほぼ全域を奪還し、イラク国内への攻勢に出る。イランの勝利もありうると考えたイラク側が休戦を持ちかけるきっかけとなったが、巻き返したイランはフセイン体制打倒に固執し、戦争は終結しなかった。11月にはイラク軍がイランのカーグ島石油基地を破壊した。