日本のように、歴史や地理上の条件から自然に単一民族国家が形成された国でも、単一民族国家という言い方が少数民族の軽視につながるとして、単一民族国家という言葉・概念が批判的にとられることもある。日本での「単一民族国家思想」への代表的な批判者としては、小熊英二が挙げられる。
現在では近代文明の発展に伴う移民の増加により、あらゆる国で多民族化が進んでいる。これらの少数民族の存在が国政の安定を脅かすのではないかという危惧は、多くの国で議論されている。
ヨーロッパでは他の人種や民族を平等に扱うことを、人権や自由・平等主義の観点から奨励しているが、イスラム教は自由主義や人権主義と相容れないものではないかとの危惧が存在する。右翼や保守の論客はヨーロッパが「ユーラビア(英語)」(ヨーロッパとアラビアの合成語)に変質すると警鐘を発するものが多い。[2][3]
このような課題の対策として、文化的同化政策を実施している国もあれば、人種や民族や文化にとらわれない価値観によって国の基礎を固めようとする国も存在する。
日本は、大和民族が人口の大多数を占める。「一民族、一国家、一言語の日本」の類の発言は政界や言論界で時折語られる見解である。一方で少数民族と言われる集団も少数ながら存在し、それと看做される集団もまた存在する。(日本の民族問題、少数民族等を参照の事)
前述したように民族国家と関連する民族主義に対する嫌悪感もあり、日本を単一民族国家と呼ぶこと自体を非難する見解が根強く存在する。この場合は少数ながらも存在する非日本民族の存在を指摘して「純粋」な意味では日本は単一民族ではないとの主張が展開される。{要出典項目|一方で人口のほとんどが大和民族である日本は「実質上」の単一民族国家であり「純粋」な定義を適用すれことは詭弁であるとの反論もある。この場合に議論になるのは主としてアイヌの存在および過去にとられた土民同化政策の功罪、琉球文化と大和文化の共通・相違点の是非などである。
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実際に日本が単一民族国家(Nation State)の典型であるとの認識は内外で見られる。しかし日本国内で日本を単一民族国家と表現すると少数ではあるが実在する少数民族を軽視(無視)しているとして批判が展開される。ただし「日本は単一民族国家」の類の発言はあくまでも制度や国家に対する言及であるという面もあり、その正当性には議論の余地がある。その点で「日本に異民族は存在しない」や「日本に人種差別の問題は存在しない」の類の発言は明らかに事実と異なる。この場合にアイヌや在日の団体が抗議を表明するのは当然であるといえる。もっとも、「日本に少数民族は存在しない」ことは長く日本政府の公式見解であった。これは後述の中曽根発言の際も行われたもので、国際人権条約で問われている意味での「少数民族」にアイヌは当たらない、との見解を示し、単一民族発言との整合性を取ろうとしていた。